「光祐さま」


 祐里は、心細さでいっぱいになり、声に出して光祐の名を呼んだ。


 光祐の笑顔が蘇る。


 握り締めた右手を開くと不思議なことに、

今まで見ていた夢と同じく満開の桜の花が現れた。


(桜さん、光祐さまにお会いしとうございます)


 祐里は、桜の花を両手で包み目を閉じると、

光祐との楽しい日々を思い出しながらこころの炎で濡れた身体を温めた。


「神の森さま、叔父さまのこころに森の御霊をお与えくださいませ。

 叔父さまにお力をお授けくださいませ。

 お爺さまの息子であられる叔父さまこそが、

神の守に相応しゅうございます。

 私は、榊原姓ではなく、桜河祐里でございます。

 それに光祐さまの妻でございます。

 神の守には相応しゅうはございません」


 祐里は、正座をして、薄れていく意識を振り絞ると神の森に訴えかけた。


 神の森は、祐里の言葉に無言のまま、

霧を漂わせながら朝日を浴びて明けていった。


 祐里は、外界から遮断された薄暗い祠の中で、痛みと寒さに襲われて、

正座をした姿勢のまま、蜘蛛の糸にかかった獲物のように気を失った。