光祐は、格子の扉を開けてバルコニーに出る。


 桜の樹は、深緑の葉を青々と繁らせて光祐に涼しい風を送った。


「桜、今宵は、祐里が恋しいよ。祐里をこの手で抱きしめたい」

 光祐は、桜の樹に胸の想いをぶつけた。


 愛するのは祐里だけだと想いながら、

身体が若い美和子に反応していたことが悲しかった。


 桜の樹は、静かに葉を揺らして光祐の話を聞いていた。


 月夜の庭を眺めながら桜の樹に話しかけるうちに、

光祐のこころの漣(さざなみ)は、次第に鎮まっていった。


「光祐さま、祐里は光祐さまを信じてございます。

 離れていましても、こころは光祐さまに添うてございます」


 風に乗って祐里の声が聞こえたように光祐には思えた。


「祐里、ぼくを信じておくれ。

 ぼくは祐里だけを愛しているよ」


 光祐は、上空の明るい月を見上げて、祐里に届けとばかりに囁いた。