光祐は、駐車場から車を出し、美和子に後ろの扉を指し示した。
美和子は、気付かないふりをして、前の扉を開けて助手席に乗りこんだ。
車のライトで照らされた桜の樹では、今まさに大きな蜘蛛が巣にかかった
獲物を捕らえようとしていた。
助手席に座った美和子は、短いスカートから美しい脚を伸ばして
光祐を誘惑する。
「桑津くんの家は、たしか雲ヶ谷(くもがや)だったね」
光祐は、誘惑されそうな気分に陥り、美和子の美しい脚から、
慌てて視線を逸らした。
「副社長、家には帰りたくありません。
今夜は、ずっと副社長と一緒にいたいのです」
美和子は、車を発進させようとした光祐に縋(すが)りついて、
強引にくちづけた。
入社したその日から、美和子は、年上の光祐がとても頼もしく
光り輝くように感じて一目惚れした。
光祐は、美和子の大胆かつ情熱的な突然の行動に驚きつつも、
蜘蛛の巣に掛かった獲物のように美和子を抱いて静止していた。
その時、何処からともなく一陣の風が起こって、
桜の葉がざわざわと音をたてて揺れた。
光祐は、桜の葉音で我に帰ると、優しく美和子を離した。