「お爺さま、私は、桜河のお屋敷を離れとうはございません。
光祐さまと離れては生きて行けません」
祐里は、八千代の胸のうちが手に取るように感じられた。
何故、八千代の気持ちが分かるのかが不思議に思えていた。
庭では、桜の樹が風のない夜にざわざわと大きく枝を揺らしていた。
「春樹も小夜と離れては生きていけないとわしに言ったものじゃ。
親子じゃなぁ。
あの時に春樹の願いを聞いて小夜と一緒にしておれば、
春樹を失わずに更にそなたも得ていたと思うと、
わしの先見のなさが悔やまれてならぬ。
それにしても山里の娘が神の御子を産むとは大層珍しいことじゃ。
春樹を失った現在、弟の冬樹では、神の森を守る力に欠いておる。
この時期にこうして巡り合ったからには、祐里は、選ばれし者なのじゃ。
春樹は、その任を怠ったがために神の森の逆鱗に触れて、
命を落としたのじゃ。
そなたも宿命には逆らえまい。
それともそなたの子をわしに委ねてくれるか。
優祐は、春樹の小さい頃によく似ておる」
八千代は、容赦なく祐里に宿命を突きつけた。
「お爺さま、優祐さんは、この桜河家の大切な後継ぎでございます。
そのようなことはできません」
祐里は、心が張り裂けそうになりながら、きっぱりと反論した。
「それならば、祐雫にするか。
神の守は、男子とされているが、今から鍛えれば賢い祐雫であれば
務まるだろう。
祐雫の気の強さは、そなたの芯の強さを引き継いでおるからな」
八千代の言葉は、神の森の言葉と呼応して、
祐里に選択の余地を与えなかった。
「祐雫さんとて、桜河家の大切な娘でございます。
そのようなことはできません」
祐里は、必死になって我が子を守って断言した。

