猫耳は外の方を向いて動かない。

少女は玄関へと歩き出す。


少女がドアの前に立った瞬間、鍵を開ける音が聞こえた。

次の瞬間にはドアが開く。


「お帰りなさいませ、月様」


少女は教え込まれた角度で礼をしながら、何故か定着している台詞を心を込めて言った。


「ただいま、イリアさん」


顔を上げれば敬愛する少女、イリアの主である白神 月が立っていた。

月はイリアが最後に見た天神学園高等部の制服を着たまま、手には指定の鞄を持っていた。

要らないとは知りつつも盲目である月の手を取って中へと導く。

その時、もう一人がいないことに初めて気がついた。


「月様、あの……」


「遥さんですか?」


途中で詰まるイリアの言葉を察し、月は言葉を繋げる。


「はい。ご一緒だったはずでは?」


「家の前まで一緒でした。いいと言ったのですけど、どうしても送ると」


困ったように、しかし嬉しそうに笑っていた。

その笑顔を見るたびに安堵と嫉妬が入り混じった何とも言えない感覚に襲われる。

絶対に自分では引き出せないとわかっている笑顔。

見れることに感謝するべきか、そんな顔にさせる存在を憎むべきか。


「そう……ですか」


「ええ。ありがとうございました」


「いいえ、当然の事でございます。私の全ては月様の為にありますから」


今日は12月24日、クリスマスイブ。

クリスマステロという名のクリスマスパーティーが行われた日。

……いや、まだ行われている最中かも知れない。

さながら酒盛りとなったパーティーを抜け出したイリアにはわかるはずもない。

そのパーティーの途中、イリアは月を月の恋人である皇帝、水無瀬 遥のところへ行かせるために少々強引にその役目を引き継いだのだった。

その後皇帝が月を連れ出すなどとわかっていたら絶対しなかっただろうが。

……憎むべきかもしれない。

今日の出来事を心に刻みながらイリアは月をリビングへ連れて行く。