ガサッ
僕はフッと笑った。
「残念ですね、先生。気付いていますよ」
「なんだ。脅かしてあげようと思ったんですけどねぇ」
「大丈夫です。先生にはいつもおどろかされてるので」
「……」
先生が僕の顔をのぞきこんだ。
一瞬、先生の匂いがした。
どこか懐かしい洗剤の匂い。
「…なんですか」
先生が嬉しそうに言った。
「春、いつの間にか笑うようになったね」
一瞬驚いた。
先生には本当に驚く。
「今、僕もそう思ってました」
「僕は笑うようになったな。って?」
「はい」
僕は風が吹いてくる方を向いた。
くすぐったい春風の匂いだ。
「僕が笑うのは、先生がいるからですよ。全部、先生がいるからです」
暫く先生が黙った。
「春」
ふいに僕の名前を呟く。
「春、君の目は、きっと僕が知ってる誰よりも透明で、綺麗な色をしている」
そう言った先生の声は、悲しい時の声だった。
「じゃあ、ね。春」
僕は口がきけなかった。
先生の足音が遠くなる。
「先生」
返事はない。
「また、会えますか?」
返事はない。
もう先生がいなくなったと分かったから言った。
なんだろう。
胸のあたりが変にキュッと絞められた。


