彼はとくに何を言うでもなく、じっと立っていた。

ふと思った。

あのピアノは?

あれはどうなったんだ?

「ピアノ…どうなったんだろう…。まさか店と一緒に解体されてね―だろうな…。」

ぼそっと呟くと、彼はまた聞いてきた。

「そんなに良いピアノだったの?」

頷く。

「できることなら俺が引き取りたかったなぁ。」

ごしごしと目をこする。

今更ながら、二十歳にもなるいい大人が、人前で泣くなんて、ちょっと恥ずかしい。

「探せばいいじゃないか。」

彼は当たり前のように言う。

「そこに不動産屋の電話番号、書いてあるよ。聞いてみれば良い。」

看板を指差した。

彼が言うと、何だかとても簡単な事のように聞こえるから不思議だ。

少し戸惑いながらも、あのピアノの行方が気になって、結局探す旅に出る事になった。