思えば父や母が笑ったのを見たのは、彼らが満足するような演奏が出来た時、コンクールで賞をとった時くらいだろう。

昔、幼稚園の発表会で、近所の女の子がたいしてうまくもないお遊戯を踊っていた。

でも、踊り終えて舞台からおりた彼女を、ただただ嬉しそうに笑って抱き締める人がいた。

彼女の母親だった。

俺はその時の気持ちを今でも忘れない。

切なかった。

俺の親は来てもくれなかったのに。

それでもまだ俺は弾き続けている。

うまくなりたいとも思わないのに、気持ちとはうらはらに、俺の名前は全国のコンクールでパンフレットに載る。

その名前すら疎ましいものに見える。

八月 桐儀 ほおずみ ひさぎ。

ちょっと珍しいから、かえって腹がたつ。

普通の名前なら…。

普通……。

普通ってなんだろう?

やっぱり俺には普通がわからないんだ。