「はい、着いたよ」
彼が握っていた手を離し、温かさを失った手がみるみる冷えていく。
なんだかそれが切なくて、もうさよならなんだと思うと寂しかった。
「あ‥助けてくれてありがとう」
何か話すことはないかと、一生懸命探した言葉だった。
「もういいって」
私のそんな思いとは裏腹に返す言葉がないような素っ気ない返事が返ってくる。
「あ、あの‥」
私が最後の勇気を振り絞って名前を聞こうとした瞬間、彼はスーツの内側のポケットからメモ帳とペンを取り出して、馴れた手つきで何かをメモ用紙に書き出した。
それを無言で私に差し出すと、こう言った。
「アンタこの辺で働いてるんだろ?またなんか絡まれたら電話しなよ。この辺のホストの奴らには大体顔通ってるから」
そして私に背を向けた彼もまた夜の街へと姿を消した。
