この言葉を聞いたルイはあからさまに顔をしかめて見せた。彼ら二人に漂う張り詰めた雰囲気に取り囲む民衆から声が引いていく。「処刑な……。あなた方民衆にそんな権利があると?」
 刺のある口調でルイが紳士風の老人に聞き返した。
「もちろんありますな。散々苦しめられてきたのですぞ、我々は。王家の人間が腑甲斐ないばかりにこのような圧政が生まれたのですな。権利はありますぞ」
 蓄えた白い顎髭を撫で付けながら老人が冷笑を浮かべた。
 老人の言葉に賛同する民衆が罵倒を次々に再現なく言い始める。 これらすべてはこの地国に及ぼされた心の傷痕。
 元凶たる敵を退治したところで何も変わりはしない。何も戻りはしない。そして、時間は昔の状態に変えられないのだ。
 持って行き場のない苦しい思いをぶちまけずにいた民衆には、じわじわといつの間にか支配した人間に対してではなく、支配を許してしまった人間に憎しみを抱き始めてしまう。心とは都合の良い方へと転換してしまうものなのかもしれない。
 結果、このような惨事になってしまう。
 一人一人の悲しい思いなどルイにはわからない。けど、それ以上にわかることもある。
 それは――
「父ちゃんを返せ!」
 いつの間にか民衆が道端に転がっている石を投げ始めるのを、黙って見ていたルイに近寄る男の子がいた。
 まだ四歳前後の年齢だろう男の子は、手に持つ石をきつく握り締めて振り上げレミィに投げた。
 しかし、石が描く軌道はレミィにいかずルイの前頭に当たった。 じわりと滲むように真っ赤な血がチロチロと額、鼻、口、顎を通って地面に垂れていく。
 傷口が熱を発しているのを感じながらルイは、自分より遥かに背の低い男の子を哀れみを湛えた顔で見た。
「お前は石を投げて何を得るんだ? 人を傷つけお前の心は晴れるのか?」
「………」
「この子の父親はレジスタンスに入っていてな、捕まって処刑されてしまったのじゃ」
 老人は幼い男の子の肩に手を置き、一、二度ポンポン軽く叩いた。
 民衆の輪から一人の女性がルイ達の所へ駆けてくる。
 どうやら男の子の母親のようだった。
 母親は腰を落として男の子を抱き寄せた。
「さあ行きましょ」
「ちょっと待って下さい」
 男の子を抱き抱えた母親が民衆の輪に戻るのをルイは呼び止めた。