幸福の時間へようこそ

「忘れてたわ」


「自分の誕生日なのに。25歳でしょ。四捨五入したらもう30じゃないですか」


「わたし、数学苦手なの」


「算数レベルですよ」


「遠い昔すぎて、記憶にないわ」


「四捨五入も忘れちゃったんですか」


「なんなの、ゆうくん。30、30って。おばさんだって言いたいの?」


花梨は怒ったそぶりを見せる。
もちろん、冗談めかして。


「違います。年齢なんて関係ないですよ。花梨さんは魅力的です。年齢なんて、産まれてからどれくら生き続けたか、ただそれだけの客観的な数字ですよ」


真顔の悠一郎。
思ってもみなかった返答に、花梨はうろたえる。


「だから……、」


悠一郎は続ける。


「年齢なんて関係なく、俺と恋、しません?」


「……けっきょく、そこに戻るのね、君」


「だって、花梨さんがまともに相手にしてくれないからー」


拗ねた素振りを見せる、悠一郎。


「いつも言ってると思うけど、いま、恋愛とかする気分じゃないの。全然」


緑色のペンのキャップを外しながら、花梨は肩をすくめて見せた。

それに……。

「好き」とか「付き合いたい」とか、こんなにも気軽に言えてしまう悠一郎は、なんだか信用しきれない部分がある。

無駄に凹ませても仕方がないので、本人には言わないけれど……。