笙子は、忘れ物のように華奢な身体を小さくして、
ちょこんと後部座席に座っていた。
その姿が柾彦にはなんとも可愛らしく感じられた。
「鶴久先生、お仕事の途中に送っていただきまして、
申し訳ございません」
俯き加減のまま、笙子は、小さな声で呟いた。
「柾彦でいいですよ。帰り道だから、気にすることはありません。
笙子さんは、東野まで帰るの」
柾彦は、笙子を寛がせようと明るい声で話しかけた。
「はい」
笙子は、思いがけず柾彦と二人だけになり、
恥ずかしくてどきどきしていた。
今まで殿方と二人だけになることなどなく、まして車内の空間は、
笙子の高鳴る鼓動が柾彦に聞こえてしまいそうなくらいに接近していた。
「この時間だと、あと一時間近く列車が来ないはずですよ。
一度、病院に戻って急患が無ければ、
このまま、東野まで送りましょう」
柾彦は、笙子の返事を待たずに、病院の方角へ曲がった。
「それでは、柾彦さまにご迷惑でございます。
私は、待つのには慣れてございますので、
ご心配なさらないでくださいませ」
笙子は、驚いて、申し訳なさで尚更瞳を潤ませた。
「今日は気持ちのいい晴天なので、
気分転換に車を走らせてみたくなっただけで、
笙子さんを送っていくのはついでですから、気にしないで」
柾彦は、病院玄関の車寄せに駐車して、受付係の倭子(しずこ)に
一時間ばかり出てくることを伝えると、
白衣と上着を交換して車に戻ってきた。
笙子は、申し訳なさそうに後部座席に静かに座って待っていた。