彩は英知から目を逸らす。


「―――そんなに嫌なら、帰る…」


涙が溢れそうになるのを堪える。
涙なんか流したら、きっともっと英知を嫌がらせてしまうから。


「でも、これは置いてくね。
食欲が戻ったら、食べてくれればいいから」


温め直すだけなら家事オンチの英知でも大丈夫だよね。


そう思って鍋を差し出す手が震える。
依然として英知の目を見られない。


だけど、英知は鍋をなかなか受け取らない。


痺れを切らし、彩が恐る恐る視線を戻すと、英知は食い入るように彩を見つめていた。


その強烈な眼差しに、彩は息を飲む。


―――どれくらい沈黙が続いただろう。


先に口を開いたのは英知だった。


「―――ごめん。
本当は嫌じゃない…。
入っていいよ」


英知はそう言うと、まるでさっきのやり取りが嘘のように、静かに彩を家へ招き入れた。