恋する手のひら

ふとケータイを見ると、10時をいくらか過ぎていた。

時間に厳しい秀平が連絡もなしに遅刻なんて、珍しい。

でもまぁ、待ち合わせの時間もデートのうちだし。
心の準備もまだできてなかったから丁度良かったかも、なんて思ったとき、携帯電話が震えた。

着信は意外にもタケルだった。

「どうしたの?」

きっと、ひやかしの電話だな、なんて思いながら脳天気な声でそう聞くと、電話の向こうでタケルが呼吸を整えたのが分かった。

「いいか、実果。
落ち着いて聞けよ」

タケルの声はいつもよりもワントーン低くて、そのくせ呂律も回ってない。

落ち着いてないのはタケルじゃん。
そう思ったけど、彼の慌てようが尋常じゃなくて、そんなことを言える雰囲気じゃない。

「秀平が事故った」

タケルは似合わない神妙な声で、信じられない言葉を口にした。

───え?
私は耳を疑う。

「車に撥ねられて意識不明だって」

その言葉があまりに現実的じゃなくて、頭に入ってこない。

嘘だ、って叫びたいのに声にならない。
息さえできない。