恋する手のひら

キュキュッ。
バスケットシューズが体育館の床に擦れる音が響く。

見ると、タケルが秀平のボールを奪ってそのままシュートしたところだった。

タケルの手から放たれたボールは、放物線を描いてゴールに吸い込まれていく。
相変わらずきれいなシュートに、私は思わず手を叩いた。

タケルがガッツポーズをする隣で、秀平は少し苛立った様子で肩を回してる。

本来だったら簡単にボールを奪われる秀平じゃない。
復帰して間もないし、まだ本調子じゃないんだろうな。
そんなことを考えていると、不意に希美ちゃんがつぶやいた。

「私ね、このまま秀平の記憶が戻らなくてもいいんだ」

───え?
私は驚いて希美ちゃんを見る。

希美ちゃんの口からそんな言葉が出るなんて、思ってもみなかった。
みんな、秀平が記憶を取り戻すのを待っているんだとばかり思ってたから。

「───秀平は別れたときのゴタゴタも、私が言ったひどい言葉も、全部忘れてるの」

希美ちゃんは言葉を選ぶように、ゆっくり続ける。

秀平は以前二人が別れたことについて何も言わなかったから、忘れたいくらいに揉めてたなんて知らなかった。

「このまま、過去なんてずっと思い出さなくてもいいって思ってる」

自分勝手かな、と希美ちゃんがつぶやいた。