席を立って彼女の元へ向かう秀平を見て黙り込んだ私を、タケルが覗き込む。

「実果、大丈夫?」

大丈夫なわけないのに、涙も出ない。
秀平にとって、あのキスは本当に何でもなかったんだと思い知らされてしまった。

だって、少しでも私に気持ちがあったのなら、そんなにすぐ切り替えられるはずない。
希美ちゃんと付き合い出したということは、そういうことだ。

「トイレ行ってくる」

いたたまれなくなった私は席を立つと、廊下にいる秀平たちから目を逸らすように、急いで通り過ぎる。

秀平と希美ちゃんが寄りを戻す。
予想してた現実に、こんなに動揺してる自分が情けない。

「実果」

そのとき、秀平に名前を呼ばれた。

いくら動揺していても、体は正直。
彼に名前を呼ばれただけで、跳ね上がりそうになる。

今だけは、あの二人を見たくないのに。
緊張して振り返ると。

「───そっち、男子トイレだけど」

ため息混じりに言う秀平の顔と、トイレの標識を見比べて、私の顔は真っ赤になる。

私は慌てて隣の女子トイレに駆け込んだ。

ありえない!
真っ赤になった頬を両手で覆いながら、自分に呆れる。

名前を呼ばれたとき、決して何かを期待して振り返ったわけじゃない。
だけど、あんなとこ見られるなんて恥ずかしすぎる。

隣にいた希美ちゃんの顔も見れなかった。
きっと私のことを見て、笑ってるに違いないもん。

何やってるんだろ、私…。
鏡に映った自分の顔を見て、大きなため息をつく。

嫉妬深い、嫌な顔。
こんな女の子、秀平が好きになってくれるはずなんてないよね。

これからどうすればいいの?
私はトイレで一人、うずくまって涙を落とした。