恋する手のひら

せっかくタケルに声を掛けようと思い立ったのに、一気にそれがしぼんでしまう。

「いいよ」

私は気持ちを入れ替えて立ち上がると、廊下のロッカーから引っ張り出した辞典を久美子に渡した。

「助かったー。
出席番号的に、今日当たりそうなんだよね」

久美子の言葉に笑っていると、不意に彼女は私の後ろに向かって手を振った。

「タケル、やっほー」

もしかしたら久美子にはいつもみたいに笑いかけてるかもしれない、という僅かな期待をして振り返る。

だけど、そこにあったのはこっちを睨むような冷たい視線だった。

タケルはそのまま、何も言わずに目を逸らした。

「何あれ、感じ悪っ!」

久美子はタケルに向かって、べーっと舌を出しながら言う。

「ケンカでもした?」

久美子に聞かれて、正直に答えるべきか迷う。

だけど頭の中に、タケルと付き合いたての頃、久美子や沙耶に彼を大事にしてやりなよ、と言われたのが浮かぶ。

まだ言えない。
いつまでも隠しきれることじゃないのは分かってるけど、せめてタケルと話をつけてからじゃないと久美子たちの信頼も失ってしまう。
そんなのは嫌だった。