「自分の好きな文字、ねえ・・・」
ぽつりとつぶやいてみたものの、やはり何も浮かんでこなかった。
好きな食べ物や色、動物という質問はよくあるが、「自分の好きな文字」という問題には少々困惑していた。
ぱっと思いつくものは、「愛」や「希」といった一文字で意味のわかる、なんだかできすぎた在り来たりなものばかりだった。
「お客さん、華加高校ですよ」
その声で我に返った。文字を考えているうちに、学校についてしまったようだ。
「あ、すみません。有難うございます」
と、軽い会釈をしながらバスを降りる。春とはいえ、まだ寒い。
私は校門を潜り抜け、目的地である和室へ急ぐ。
「あっ」
歩き出した瞬間、何かに押されて転んでしまった。
「ごめんなさい。考え事をしていて・・・」
後ろを振り返ると、そこには小柄な少年がたっていた。
少年はこの学校の制服を身に纏っている。
新入生かな。そう心の中で思うと、先輩として優しく振舞ってあげなければ、と手を差し出した。
「大丈夫?怪我、してない?」
すると、少年はむくりとこちらを見た。
「大丈夫」
「そっか。君、新入生だよね?」
そういった瞬間、少年の体が硬直した。
「・・・・・れは」
「れは?」
「俺、は・・・」
とても小さな声だったが、彼が怒りに満ち溢れていることがわかった。
「俺はっ!一年なんかじゃない!二年だっ」
「へ・・・に、二年!?」
こんなに小さい子、見たことがあっただろうか。私は昨年度、学級委員長をやっていたのだが、このような子とはまったく面識がなかった。
「転入生?」
「違う。俺は昨年の入学式からいる」
「嘘」そう言い返したかったが、彼があまりにも機嫌が悪そうだったので堪えた。
「何部?」
「・・・バレー部。お前は」
「私、書道部で・・・」
「知ってる。去年、学級委員だったろ」
「・・・うん」
彼は私を知っていたようだ。なんだか失礼なことをしてしまった。
「私、今から部室行かなきゃ。ごめん、また」
そういうと、
「部室、二階だろ?俺も二階に用事あるから一緒に行くよ」
よく聞いてみれば、まだ少し幼い声をしていた。きっと声変わり前だ。
「あ、うん」
そんな返事しかできなかった。だって、あまりにも急だったから。
「ったく、お前より俺のほうが背高いじゃねえかよ」
「嘘」
「本当」
「いくつ?」
彼は、少し自慢するように、高らかな声で言い張った。
「158」
「私、157」
1cmしか変わらない。しかし、負けていることには変わりない。
「ほうら、俺の方がでかいじゃん」
彼はそういうと、私ににこりと微笑んだ。