「あー終わった、終わった」

 あたしは晴れ晴れとした気分で、まだ昼を少し過ぎただけだというのに今日一日の仕事を終えた。

 向かった先は神田メンタルクリニック。あたしの居場所だ。

 午後の診療が二時からだというのは随分前から知っている。だけどあたしは迷うことなく診察室の扉を開けた。

 清潔そうな白いカーテンがどこかから入り込んでくる風で波打っていた。窓から差し込む眩しいほどの光が、あたしに嫌な記憶を思い出させようとする。

 ひとけのないその四角い箱の中で、軽い眩暈を起こす。

 負けない…から。

 …何に?

 心の中でそう呟いたあたしは、虚ろになった目をもう一度大きく開いて奥にある窓へ向かって歩き出す。

 光が差し込む窓を背にして、いろんな本が詰め込まれている備え付けの、これもまた白い棚に腰を下ろした。腰の高さまであるその棚に腰を下ろすと、宙に浮いた足をぶらぶらとさせる。

 窓越しに見上げた空は快晴。空の青が目に染みる。

 それから三十分ほどの時間が流れると、カツカツと隣の部屋から響いてくる足音に意識を奪われた。その足音の主が現れるであろう扉をあたしはじっと凝視する。

 足音がどんどん近くなり、扉が開く音が聞こえたと同時に再び風が部屋の中に入り込んだ。その風は大きなカーテンを天井に向かってふわりと持ち上げる。視界は白い布だらけになった。

 パタン、と扉が閉まる音がして、視線をまったく動かしていなかったあたしの目に映ったのは、カーテンがふわふわと下に向かって落ちていくごとに露になる、一人の白衣を纏った男の姿だった。