Love encore-ラブアンコール-

「全然、意味が解らないわ…」

 あたしはかろうじて涙こそ流さなかったものの、濡れた瞳を見られないように顔を背けた。

 先生の言っていることを理解していないフリをした。

 まるで捕らえられた蝶がその住処を気に入った途端、やっぱり閉じ込めておくのは可哀想だから出て行きなさいと言われて、それでも蓋の開いた籠から出て行くのを拒んでいるかのようだ。

「どうしてそんなこと、先生に言われなくちゃならないのよ…」

「君のことを…大切に思っている。だからこそ、言わなければいけなかったのだと思うよ」

 落ち着いた声で話すその横顔が、ここに来る前と同じようにどんどん遠くなっていく。

 どうしてあたしは今ココにいるんだろう。どうして…?

「悟ったような口振りはやめてよ。先生にあたしの何が解るっていうの…?」

「君は僕のところに定期的に通ってこなければいけないような、そんな病気は持っていない。もっと自分のために時間を使った方がいい」

 心の中で『先生は全てを終わらせようとしている』と思った。あたしがこの二年間、先生の元へ通い続けた日々を否定しようとしている。

 やはり憎しみは憎しみでしか在り得ないのか。だけどそれは憎まれる側によって変わるはずだ。そうでなければ、変わることは難しい。

 あれほど強く持った自分の信念を、自分から粉々に壊すことなど。
 
 あたしたちの状況を解っているのかいないのか、バーテンダーは何杯目かのグラスを差し出した。

「もういらない」

 沈黙の時間に耐え切れなくなって、思わずそんな言葉が口をついて出た。先生は何も言わず、次のタバコに火を付けた。

 静かに席を立ち、振り返らずに店のドアを潜り抜けると、タクシーを止め勢いよく乗り込む。行き先だけを告げるとそっと目を瞑り、あたしはさっきの先生の言葉を何度も思い出していた。

「すみません。タイミングがまずかったですね?」

「いや、いいんだ。こうなることは最初から解っていたし」

「でも…追いかけなくていいんですか?」

「いいんだ。僕は、彼女に必要とされている人間じゃないからね」