「君に…いや、君たちに、許してもらえる日が来ないなんてこと、解ってるんだ」

 タバコを揉み消した先生は、今度はグラスを手にしてそう言った。

「解っているから…君は安心しなさい」

「どういう意味…?」

「君は僕があのことを忘れて普通に暮らしていくことを許さないと…そうなってはいけないと、一生懸命僕に思い出させようとしてる」

「…そうよ。それの何がいけないの? 当然だわ。当然の罰よ?」

 叫び出したい感情を抑えながら、あたしは平静を保とうとした。

「そうだ。当然の罰だ。けど、君はそれで楽しいかい? 一生懸命あのことを忘れないようにして…そんな毎日は決して楽しいものじゃないはずだ。僕を憎むなということじゃない。もっと憎んでもいいだろう。だけどそれでも君は、あのときのことを…あの辛さを、できるだけ忘れるようにしていかないといけない。そうでないと、君の人生はそれだけに染まってしまう。もっと周りを見てごらん。他にも楽しいことがたくさんある。友達と会ったり、買い物をしたり、旅行したり…そういう当たり前の幸せを、君はこれから掴んでいきなさい。忘れるのを不安に思う気持ちは解る。でも、僕は忘れないから。僕が、忘れないから。一生罪を背負って生きていく。その覚悟はもうあの時からできているんだ。だから君は、僕がその罪を忘れてしまうんじゃないかという不安から抜け出して…今からでもいい…安心して新しいスタートラインに立ちなさい」

「何、言ってるの…?」

 そう言った唇が微かに震えているのが解る。

 それでも先生は先を続けた。

「過去は振り返らずに、前を見なさいと言っているんだよ。君はまだ若い。未来にはたくさんの光が満ち溢れている」

 そう言ってこの場所でも、診察室で見せるあの笑顔を見せた。やっぱり、どこにいても先生は先生なのだ。