茶色いテーブルの上には、この間の夏祭りですくってきた金魚が少し大きめの金魚蜂の中で元気よく泳いでいた。時々光が反射して眩しく見える。

 赤い鱗は滑らかに水の中を進み、時間の感覚が次第に遠のいていく。

 無言のまま、開かれたガラス戸の向こうを見つめると、青い空がまるで遠くにある世界のようで、今自分がいる場所は一体どこなんだろうなどという錯覚に襲われる。

 カタン、とグラスをテーブルに置く音がして視線を移すと、その音に反応した金魚が激しく動くのが見えた。

『ねぇ、舞ちゃん?』

『何?』

『あたし、もう何もかもどうでも良くなってしまったわ』

『何…? どうしたの?』

『もう、今までのことも何もかもどうでもいいのよ。あたしね、今まですごく苦しかったの。それがどうしてか解る?』

 あたしはこの日、久しぶりに彼女とまともな会話をした。

『どうして?』

『許せなかったから』

 彼女が言ったその一言はとても重くて、あたしは上手く受け止めようとしたけれど、ほんの少しだけ平衡感覚のバランスを崩した。

 あの子がそれに気付いていたのかどうかは、解らないけれど―――。

『あたしは、今まで誰も許せなかった』

 それは彼女だけが知っている苦しみ。そのときのあたしにはまだ理解できない気持ち。

『今、は?』

『凍っていた心を、ゆっくりだけど溶かしてくれそうな人が、いるの。あたしは、その人がいたら生まれ変われるかもしれない』

『本当に?!』

『うん』

 あの子が言ったその言葉が嬉しかった。あの子にしか解らない苦しみを一緒に分かち合ってあげられないことで、あたし自身も長い間苦しんでいたから。
 
 苦しみながら泣き叫ぶ彼女を絶望の淵から救い出してあげられない現実は、あたしには重すぎた。だからその言葉を聞いたときには、本当に心から嬉しかったし、その相手に感謝すらした。

 彼女は恥ずかしそうに笑う。笑った顔を見たのは何ヶ月振りだったんだろう。





 そんな夢を見て目覚めたのは、夜中の三時を回ってからだった。

 暗闇の中で呟く声は、多分誰にも届かない。あたしは苦しくて、苦しくて、苦しくて。暫くベッドの中でそのまま時間をやり過ごした―――。