春、恋。夢桜。

そう言われてから、俺はゆっくりと視線を正面に向けた。


満開に咲いたピンク色の花の隙間からは
今までに俺が見たことのない光景が見える。


赤、黒、灰色、茶色……と、色とりどりに染まった屋根。

公園の滑り台の、不自然な青。

たくさん広がる田んぼの緑。


その全てが、今までに感じたものとは違って小さい。

でも、花の隙間から差し込んだ光のおかげで、輝いて見えた。


よく、高いところから夜景を眺めた時に

『宝石箱を開けたみたいだ』

なんて感想を言う人がいる。


『何万ドルの夜景だ』

と、騒ぎ立てる人もいる。


でも、昼間の光景を見てそんな風に語る人は、見たことがない。


だからこそ、今のこの状態をしっかりと感じておきたいと思った。


きらきらと太陽に反射した花びら。

その間から見える町並みは、カズハと俺しか知らない、神秘的な世界だった。