「姫の兄上さまにも会ってみたいな」

 柾彦は、祐里のこころを夢中にしている光祐さまを自分の目で確かめたいと思った。

「もうすぐ夏の休暇でお帰りになりますわ。

 柾彦さまと気がお合いになると思います」

「兄上さまにお会いできる日が楽しみだよ」

 柾彦は、祐里と共に遠くの光祐さまに思いを巡らせた。

 
 
 晩餐会が散会して、祐里と結子が挨拶をしている隙に、柾彦は、奥さまに

文彌との経緯を告げた。

「また、祐里さんに近付いてくると思いますので気を付けてください」

「まぁ、そのような事がございましたの。ご忠告、ありがとうございます」

 奥さまは、無垢に微笑む祐里を心配して見つめ、

女性として今まさに蕾が開花を始めた祐里の色香に気付いた。

 そして、尚更、好青年の柾彦に好感を持った。


 帰りの車中でも、祐里は、何事もなかったかのように、いつもの笑顔で

奥さまに話しかけた。

 奥さまは、そんな祐里がいじらしくて思わず抱きしめていた。

 祐里は、奥さまの優しい胸の香りに包まれて安堵していた。

 寝る前に湯に浸かった祐里は、文彌から触れられた首筋から胸にかけての

肌を石鹸で念入りに洗った。

 ふと、気が付くと湯気よけの天窓の隙間から、深緑の桜の葉がひとひら

舞い降りて、祐里の首筋にはらりと留まった。

 すると不思議なことに赤みが消え、祐里は清められたようにこころが

安らぐのを感じた。

(桜さん、ありがとうございます)

 祐里は、両手で桜の葉を包み込んで手を合わせた。

 庭の桜の樹は、緑色の葉をさやさやと風に靡かせて祐里の感謝の声に

耳を傾けていた。
 
 その夜、奥さまは、文彌のことを旦那さまに報告した。

 旦那さまは(祐里は、十六になってから一段と匂いやかになった。

 悪い虫が付かないように気を付けねばならぬ)と考えていた。

 翌日、旦那さまは、弁護士を通じて榛家へ抗議した。

    
 榛家では、面目を保つ為に文彌を地方の支店へと転属させた。