桜川駅前に店を構える者たちが店先に出て、駅前広場に佇む光祐さまにお辞儀する。

 光祐さまは、手を振って応え、祐里は、一歩後ろでお辞儀を返した。

「祐里、桜川を散歩しながら帰ろう」

光祐さまは、駅前の道路を横切って、祐里を振り返ると、川沿いの小路(こみち)へと先に歩き出した。

「はい、光祐さま」

 祐里は、光祐さまの広い背中を見つめながら、一歩後ろをお供する。

 光祐さまの仕立ての良い濃紺の上着は、春の陽射しを受けて、光り輝いて見えた。

 祐里は、眩しく感じながらもその背中から目を離せずに、しあわせを味わっていた。

「祐里、綺麗になったね。驚いたよ」

 光祐さまは、三年のうちに少女の殻を脱いで、

女性の衣を纏い始めた祐里の変化にしばし見惚れていた。

 小枝のような姿態は、女性らしい丸みを帯び始め、

肌は絹のようにしなやかな美しさを放っていた。

 振り向いた光祐さまのまなざしを浴び、祐里の胸はお褒めの言葉に、

どきどき、頬が桜色に染まっていく。

「光祐さまは、ご立派になられました」

 祐里は、凛々しい光祐さまの姿に見惚れたまま、夢見心地でそれだけ

口にするのがやっとの想いだった。

 光祐さまは、祐里の瞳を独占していることに満足して笑顔で頷くと、

祐里の手を取り、新芽の出始めた黄緑色の川の土手を駈け降りた。

 祐里の長い髪がそよ風に揺れて、光祐さまの身体に寄り添った。

 一面の菜の花で覆われた川原は、ひらひらと紋白蝶が飛び交い、

春の陽射しと若草の匂いが充満して、長閑な時間(とき)を奏でていた。

 澄んだ桜川の水面は、静かなせせらぎの中にきらきらとした陽射しの

水玉模様を描いていた。

 光祐さまは、力強く祐里の手を引いて歩き、祐里の心は、ぽかぽかと温かくなる。

「いつも、祐里とこうして散歩したね。いつの間にか日が暮れて、

よく母上さまが心配なさって叱られたよね」

 光祐さまは、ぬかるむ川原の径(こみち)を注意して歩きながら、

祐里の足元に気を配り、優しい眼差しを向ける。

「はい、光祐さま。懐かしゅうございます」

 祐里は、真っ直ぐに光祐さまを見つめて返事をした。

 光祐さまと一緒にいると何時の間にか時間が過ぎてしまい、

気が付くといつも暗くなっていたのを思い出していた。

 暗い道でも、光祐さまが手を引いてくだされば全然怖くはなかった。