「間違いだなんて……。

 わたくしは、光祐さんと祐里さんを兄妹のように育てて参りました。

 光祐さんは、桜河家の後継ぎであることを自覚していますし、まして、

あのように遠慮深い祐里さんがそのような気になるとは思えません」

 奥さまは、兄妹のように仲が良い二人を見るにつけ、

自分の育てた光祐さまと祐里を信じていた。

「祐里はともかく、光祐は、私に似て真っ直ぐな性格だ。

 私は、薫子と結婚すると子どもの時から決めていた。

 光祐だって年々美しくなっていく祐里に情が移らないとも限らないだろう」

 旦那さまは、榛様の申し出を聞くまで、未だ少女だと思っていた祐里の

女性としての成長を改めて感じていた。

「わたくしと旦那さまの場合は、生まれた時から父上さま方が許婚として

お約束されてございましたもの。ですから、わたくしは、物心ついてから

旦那さまだけをお慕い申し上げて参りました。

 でも、光祐さんは、兄として祐里さんと接して可愛がってございます。

 恋愛感情などあろうはずがございませんわ」

 奥さまは、娘時代に思いを馳せながら、旦那さまへの変わらぬ深い愛情を

感じていた。

 物心ついた頃から、奥さまにとって旦那さまは、将来の伴侶として

位置づけられ、兄の香太朗の友人でもあった旦那さまが遊びに来る度に愛情を

育んでいったのだった。

「私は悔やまれてならない。祐里を引き取る時に桜河の籍に入れるべきだった。

 ご存命だった母上が反対されなければ、養女とはいえ祐里は、光祐と戸籍上でも

兄妹の間柄になっていたのだが……。

 桜河家を継承する光祐には、それなりの良家から嫁を迎えねばならぬ。

 薫子、家と家との縁組は企業にとって最優先されることだと分かっているだろう」

「最優先でございますか。理屈は存じ上げておりますが、わたくしは

納得できかねます。

 ところで、良家と誉れ高い榛様は、祐里さんの事情はご存知でございますの」

 奥さまは、祐里のしあわせに思いを巡らせていた。

 桜河家で育ったとはいえ、祐里は、戸籍上、どこからともなく流れて来た

森番の榊原の娘であった。

 先代の当主であった亡き濤子は、祐里を可愛がりながらも、養女に迎えることを

頑なに反対したのも事実だった。

 奥さまは、十三年間祐里を育てながら、光祐さまと同じくらいにかけがえのない

愛情を育んでいた。