翌朝、鳥のさえずりで目を覚ましたリナは、ほのかに漂う香りを静かに吸い込んだ。
 眠れない夜に母親が握らせてくれた小さなお守り。
 いつかの昔に失くしてしまったそれと、同じ香りに一瞬まどろむ。けれど、いつまでも浸っていたい気持ちを振り切るように、一気に起き上がった。

 ふと隣を見やると、小さなサシェが映った。
 そして、その傍に伏せられたコップと水遣り。

 (いちいち、こういう気配りは得意なんだから)

 返すつもりだったショールは、たたまれて同じテーブルの上にあった。
 持っていかなかったのも、彼なりの優しさだ。何かと、口実を探さないと声をかけられないだろう自分のために、わざと残していったのだろう。

 わかりやすい。けれど、押し付けがましくない彼の行為は、何故だかときに腹立たしくて、ホッとする。
 それがどうしてなのかは、考えないようにしているけれど。

 (ひと休み。ほんの、ちょっとだけ)

 手を伸ばしてサシェを握り、もう一度ベッドに倒れる。
 
 ふわり、ともう薄くなった香りが小さな範囲で舞う。
 何故だか浮かぶ笑みを殺さずに、リナは出発のときまで休むことにしたのだった。

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