「こんなところで何をしている?」

 男の声が聞こえた。明らかに自分に話し掛けていることは解ったが、それでも顔を上げる訳にはいかない。町の人々で国王の娘の顔を知らない者などいないのだ。顔を見られたらおしまいだ。

「おい。何をしていると聞いている」

 嗚咽に揺れる肩を見かねたのだろう。男はグイッとフィスの腕を掴み、自分の方へ引き寄せた。

「何するのよ!」

 きつい眼差しを向けて斜め上にある男の顔を睨む。瞬間。一瞬の静寂が二人を包み込んだ。男は女の泣きはらした瞳に、そしてフィスは男の、目を疑うほど深く、慈愛に満ちたヘヴンリーブルーの瞳に意識を奪われた。

「ここで、何をしている」

「別に、何でもないわ」

 自分の顔を見ても何一つ態度を変えない男を見て、この町の住民ではないことをフィスは悟っていた。

「何でもない?」

「あなたには関係ないことでしょう」

 相手が自分を知らなかったことに対して安堵したフィスは、気を取り直し立ち上がるとドレスの裾を両手で掃い、男たちに背を向けて歩き出した。

「何でぇ、あの愛想のない女は」

 周りにいた男たちがそう言っている声が風に乗って聞こえてくる。それでもフィスは振り返らず城へ足を進めていた。

「連れ出してやろうか?」

 一際大きな声が聞こえた。ヘヴンリーブルーの瞳を持った男の声だった。

 フィスが振り返る。

「どこへ?」

「どこへでも」

 男は自信ありげな笑顔を見せた。その悪戯っぽい笑顔にフィスも真っ赤になった瞳のまま笑みを浮かべる。

「どうやって?」

 その問いに今度は視線を動かす。視線の先には先ほどの船。

「あの船で」

 男は更に自信を秘めた笑顔を浮かべ、手を差し出した。フィスは戸惑いを見せたが、男の表情やその視線が垣間見せる自信に背中を押されるようにして、差し出された手に自分の手を重ねた。

「一緒に来い」

 フィスを連れ船に向かって歩き出した男の周りを、数人の仲間達が囲む。

「やるねぇ、船長!」

「かっこいい!!」

 仲間達の冷やかしの声が聞こえているのかどうか。男は振り返って言う。

「俺が、お前に新しい世界を見せてやる」