「キャビンへ戻れ!」

 耳に入ってきたのはレイズの声だった。

 キャビンから勢いよく降りてきたその人の姿を見てほんの少しの安堵が生まれる。

「早く!」

 レイズはフィスに何も言わせず、彼女の細い腕を掴み足早に歩き出す。部屋の扉を明け部屋に入ると、レイズはフィスを座らせた。

「いいか、これから俺が言うことをよく聞け。俺がこの部屋を出たらすぐに鍵をかけるんだ。それから…なんでもいい、このソファでもベッドでも、動かせるものは何でも動かして扉が簡単に開かないようにしろ」

「レイズ…」

「もしそれでも敵がこの部屋に乗り込んできたら、抵抗したりするんじゃない。ただ一言言えばいい」

「何を?」

「自分がオルドアの姫だと」

「そう言ったらどうなるの?」

「捕まったとしても手荒なことだけはされないはずだ」

「捕まるなんて嫌よ!」

 縋るような瞳で自分を見つめるフィスを落ち着いた声でなだめる。

「必ず助けるから。だからそれまで、傷付けられるな。絶対に」

 フィスの両手首をしっかりと握りながらレイズはそう言った。

 そのヘヴンリーブルーの瞳に嘘はない。彼が嘘をついたことはたったこれだけの短い時間だけれど、一度もなかった。

 だから、信じられる。

「わかったわ」

 フィスの答えを聞いてレイズは部屋を出て行こうとした。その後姿を静かに見つめる。

「レイズ」

 扉を開いたままレイズは振り返った。

「どうか無事で」

「わかっている」

 たったそれだけだった。お互いの気持ちはその一言だけで伝わっている。きっと隠し続けている本当の気持ちさえも。

 ゆっくりと扉が閉められるのを確認したフィスは、先ほどの指示通りソファやテーブルなどを扉の前に移動させるため腰を上げた。