「今日のディナーは一品抜きだって?」

 笑いながらそう聞いてくるのはウェイ・オン。

「いいの。私そんなに食べることに執着ないもの」

「また強がり言って」

 ウェイ・オンはフィスをかまうことが楽しみとでも言わんばかりに満面の笑みを湛えて隣に立った。

 先ほどの港町を出てすでに数時間が経過していた。フィスはレイズとしばらく口論したあと、再びデッキへ足を運んだのだった。

「次はディストランドに一旦寄港するよ」

「ディストランドへ…?」

「あそこはいい国だぞ。ま、お嬢さんの国もいいところだと思うけどな」

「船を降りる時間はあるの?」

「いや。今回は荷物の積み下ろしだけだから、そんな時間はないな。船を降りてディストランドで生活できるのは一年のうちの半分さ。航海の途中に寄港することは何回かあるけど、陸に降りることはほとんどないんだ」

「…そう」

 少しだけ、残念だと思った。ディストランドを肌で感じることができるチャンスだったのに。レイズに、お願いしてみようかしら。

「それにしてもいい天気だ。波も穏やかだし。賭けは終わっちまったけどイルカの群れでも見れるんじゃないかねぇ」

 ウェイ・オンは誰に声をかけるでもなくそう言った。

「っと、お嬢さん!! あれあれ!」

「え?」

「ほら!」

 指差された方向に視線を向けると見覚えのあるような黒い影がいくつか見えた。

「見えた?」

「うん、見えた」

「近くに来るぜ」

 ウェイ・オンの言葉通り、何十秒後かにはデッキから見下ろしたすぐ下の海面に何頭ものイルカが群れを成して泳いでいた。かすかな鳴き声まで聞こえてくる。

「やったな、お嬢さん」

 ニッと口を横に広げて笑うウェイ・オンにフィスは飛び切りの笑顔を見せた。そしてイルカの群れが船に近付いていることを知った船員たちが次々と声をかけてくる。

「お嬢さん、見たかい?!」

「良かったなぁ!」

「賭け、惜しかったですね」

 その中にはロッドの姿もあった。

「今日はいつもより大きい群れみたいだから、あの賭けはデザート一品で我慢してやるよ!」

 少し遠いところからそう叫ぶロッドにフィスも笑顔で手を振った。

「ありがとう、ロッド!」

 船員たちは皆笑顔でその様子を見つめていた。

 穏やかな昼下がり、笑い声が交差するデッキで突然尋常ではない叫び声が聞こえた。