父に会いたくない訳ではなかった。ただ、会ってしまったらなんと言えばいいのかその言葉が見つからなかったから、会うこともせず数日が経ってしまっていた。否定することもできずにいる数日の間に、思うより早く噂は広がっていき、すでに民衆の間にまで伝わっているようだった。父はその娘の心の痛みを感じているのだろう。敢えてその真意を確かめるようなことはしなかった。

 フィスはまだほとんど人のいない港を歩いていた。本当ならば『国王の娘』がこのような場所に姿を表すことはないのだろうが、父のオープンな育て方により生まれ育った町の中くらいなら一人でも出歩けたし、道にも迷わなかった。

 今日はまだ空が明るくなりきる前に目が覚め、そのまま眠れないでいた。カーテンの向こう側がだんだんと明るくなってくるのを横になりながら見ていたが、ケイトが驚かないよう、すぐに戻るというメモ書きを部屋に残したまま、ついその光に誘われてこんな時間にこの場所まで足を運んでしまったのだ。

 港には大きな船が停泊しており、その鮮やかなブルーの船体に目を奪われた。適当なところに腰を下ろすとその船を見つめる。白い鳥が優雅に空を飛びまわりながら、鳴いた。
 
 ふいにフィスの大きな瞳から涙が溢れ出す。何でも話せるはずのケイトにも今回ばかりは何も相談することができず、フィスはすでに自分の中で様々な想いを消化することができずにいたのだ。

 仕方ない。これが『国王の娘』としての運命なのだ。父はそうならないように努力したけれど、それでもどうしようもなかったこと。後は『国王の娘』として、この国を守るべき以外道はない。そう思おうと、理解しなければと。この国を守れるのは自分しかいないのだから、と。

 そう思えば思うほど、涙は止まることなく溢れてきてしまう。

 これからの未来は、今まで以上に光に満ち溢れているのだと信じて疑わなかったのに。これからやりたいことを、心から愛せる人を探せる時間があると思っていたのに。

 嗚咽が小さく洩れる。

 その背後から、突然がやがやと何人かの話し声が聞こえてきた。

 まずい…。こんなところを見られては、またおかしな噂が広がってしまう…。どうしよう。

 そんなことを考えている間に、その声はすぐ後ろまで近付いてしまった。