「もうすぐ港に着くよ」

「もう?」

「すぐに出航するけどな。今日の港では荷物を降ろすだけなんだ」

 額に汗を滲ませながら仕事をするウェイ・オンが通りがかりにそう教えてくれた。

「その次の港では新鮮な食料が手に入るから、夕食もひときわ豪華になるぜ。楽しみにしてな」

「へぇ、そうなの。じゃあ楽しみにしてるわ」

 ウェイ・オンはフィスの答えに満足げな笑顔を浮かべながら次の仕事へ向かっていった。

 南西の方角を目を凝らして見つめると、かすかに青い大陸が視界に映る。今向かっているのは間違いなくあの場所だろうということはフィスにも理解できた。

 港に着く前は船内が少しだけ慌しくなる。それはポート・ウェインに着く前も同じだった。

「あぁ、気持ちいい」

 真っ青な空に、深い青をした海。柔らかな風がデッキを通り抜けていく。太陽は頭上から限りない光を惜しげもなく降らせる。

「ん?」

 ふと黒いものが目に入る。もう一度目を凝らしてもその姿はどこにもない。

「何…?」

 キョロキョロと首を動かしていると、再び黒いものが目に映った。

「んんん…?」

 その正体が何なのか見当もつかずじっと海面を見つめていると、突然背後でレイズの声が聞こえる。

「この辺りにはイルカの群れが生息してる」

「イルカ…」

「知らないか?」

「見たのは初めて」

「たまに船の近くまで寄ってくる」

「今日は来るかしら」

「さあ。気分次第だからな」

 レイズは笑顔を浮かべるとそう言った。

「もうちょっとしたら港に着く。その帰りにも見れる可能性はあるな」

「見れたらいいな」

「あの嵐の夜も祈りが通じたんだろ? 神はお前の味方じゃないのか?」

「そうだったらいいんだけど」

 フィスもそう言って笑顔を見せた。

 笑った顔を見たのは酷く久しぶりのような気がする。たった何日かなのだろうが、レイズはそんな風に感じながらその横顔を見つめた。