「そのまま地獄へまっしぐらだったよ。国に残してきた家族は、俺が金に溺れて行方不明にでもなったと思ってるんだろうな」

 苦笑の後は、諦めた笑顔だ。こんなに乾いた、それでいて悲しい笑みを持つ人は、きっと大きなものを背中に背負っている人だ。フィスは心の中でそう感じていた。

「今だったら、真実を伝えられるんじゃないの? 今のあなたなら。それにもしあなたと同じ道を進もうとしている人がいるのなら、それを止める手段にもなるわ」

「甘いね、お嬢さん。国では俺は指名手配犯かなんかだよ、きっと」

「どうして?」

「リブレフォールは裏切り者を許さない。裏切った奴は見つかれば容赦なく殺される。リブレフォールを抜け出した俺がのこのこ国に帰ったら、はい、そこでおしまい。どうせ金に溺れて失踪したとか言われてさ、のんきな我が国はそれを信じて俺をリブレフォールに差し出すだろう。俺一人が本当のリブレフォールを語ったところで、それは万人に受け入れられるものなんかじゃないし、まして国王の気持ちを動かすことなんてできやしないのさ」

「そんなの…」

「悲しいだろ? でも、仕方ないこともあるさ。俺は船長に助けてもらえただけラッキーだった。それだけでいいんだ。俺、病気になっちゃって、でも水すら満足に与えてもらえなくて。本当は奴隷なんかが行く場所じゃない街中を這いずり回ってたんだ。みんな俺のこと汚いって近寄ってこなかったし、水だってくれなかったけど、でも船長だけは違った。俺すごく汚かったのに、迷いもせず手を差し伸べてくれて。それでリブレフォールの軍人がすごい勢いで止める中、絶対に譲らずに俺をディックバード号に乗せてくれた。意識は朦朧としてたけど、そのとき思ったんだ。もしこのまま生き延びられたら、俺はこの人に自分の命を預けようって」

 ウェイ・オンの瞳にキラキラとした光が戻ってくる。レイズがこの光を彼に与えた。しかし本人は気付いていないのかもしれない。

 きっと彼はこう言うだろう。『俺は当たり前のことを、ただ当たり前にしただけだ』と。

「レイズ様って呼ぶのはその頃の名残でさ、今でもたまに出ちゃうんだ。そのたび怒られるんだけど、でも仕方ないと思わないか? だって命を預けてる人なんだから。レイズ様は俺にとっての神様みたいな人なんだから」

 ようやくウェイ・オンは屈託のないいつもの笑顔を見せた。

 彼は、守るだろう。どんなことがあったとしても、レイズのことを。

 レイズもまた、守るのだろう。大切な仲間を。

 少し前から確かに見えていた絆というつながりを、フィスはさらに強く感じていた。