「とにかく、レイズ船長は俺にとっての神様みたいな人なんだ」

「どうしてそこまで?」

「俺はあの人がいなかったら、多分今頃この世にはいないからさ」

 また一人、レイズに命を助けられた人間がここにいる。

 ウェイ・オン。彼は数年前、リブレフォールで奴隷として働かされていたという。

「あの頃は毎日が地獄だった。働いても働いても終わりは見えなかったし、腹は減るしで、満足に睡眠も取れやしない。生きた心地なんてしなかったよ。ああ、俺はこのままここでそんな気持ちを抱えながら死んでいくんだなって思ってた」

 その頃のことを克明に思い出しているのだろう。彼の瞳はどこか悲しげに揺れる。フィスは何も言わずに話の続きを待った。

「俺は遠いアジアの国の出身だっていうのはお嬢さんにも話したかな? まあ、顔を見れば誰だってわかるだろうがね」

「ええ、この船に初めて乗った日に聞いたわ」

「半端な好奇心なんか持ったばっかりに本当に酷い目にあった。当時、まだ俺の国ではリブレフォールの状態なんか知る由もなく、ただただ勢力を増していくだけの国家に大いなる憧れを抱いてた。いや、当時じゃないな。きっと俺が予想するに今も、だな。遠い遠い国だからさ、海を越えて、山を越えて、リブレフォールの悪名高き噂なんてのは、ほんの少しも入ってこないお気楽な国なんだ。それも国王がまたお気楽なアホときてる。だから国の中じゃまるでリブレフォールは夢の国って感じになってるんだ。それからまた俺もアホときてるから、ついつい甘い誘い文句に誘われてリブレフォールの地に降り立っちまったって訳さ」

「リブレフォールは酷い国だと聞いたわ」

 父やレイズが言った言葉が頭の中に蘇り、フィスは暗い顔をしてそう言った。

 ウェイ・オンはその言葉にうんうんとしきりに頷いている。

「最初の待遇は良かったわけだよ。なんせリブレフォールは俺の国と比べて物価が高いから、働けば働くほど金になったし、国に残してきた家族に『俺は頑張ってるぞ』って知らせるためにせっせと仕送りしてた。まあ、出稼ぎみたいなもんさ。それがだんだんと働いても金にならなくなってきて、おかしいなって気付いたときにはもう手遅れ。どうにもこうにも抜け出せない状態になってたんだ」

「どうしてそんな…?」

「金にならないなら国に帰るって言ったらさ、『奴隷』として雇われた人間が何を言うって。その一言はショックだったね。『奴隷』って何だよって」

「それから、どうしたの?」

「何度も交渉したけど、もうその途中で抗うことすら諦めざるを得ない状態になっちまった」

 ウェイ・オンはそう言って苦笑する。