「レイズに相手にされなくて落ち込んでるのか?」

「まさか」

 的確なウォレンの指摘に、フィスは平然を装った。

「気にするな。レイズはああいう奴だから」

「だから違うって言ってるじゃないの。別に落ち込んでなんていないわ。ただ、少し…」

「少し?」

「一度陸に下りてまた船の上に戻ったから、気持ち悪くなっただけよ」

「なら、いいが」

 目の前に広がる海を眺めながら、隣に立つウォレンに視線を移す。彼もまたブラウンの髪を風になびかせながら海を見つめていた。

「ねえ、ウォレン。あなた…」

 パーティの夜に聞きたかったことを口にしようとしたとき、再びそれを遮る声が背後から聞こえた。

「おい、ウォレン!」

 その声の主はレイズだった。

「ほら、船長のお出ましだ」

 ウォレンは小さな声でフィスに呟くと、レイズの元へ駆け寄った。二言三言言葉を交わすと、ウォレンは頷き船内へ戻って行った。デッキにはフィスとレイズだけが残される。

 こんな、突然二人にされたって…いったい何を話せばいいのよ。

 レイズが相手にしてくれないことに不満を抱えていたというのに、二人になった途端、今度は何を話せばいいのかすらわからず立ち尽くす。無言のまま、先ほどまでウォレンが立っていた場所に今度はレイズが立つ。

 鼓動が高鳴り、フィスはもしかしらその音が聞こえてしまうのではないかと焦っていた。

「お前には婚約者がいると聞いた」

 ふとレイズが言った言葉に、フィスは溜息をつくのと同時に瞳を閉じた。ゆっくりと瞼をあけるまでの間、レイズは何も言わなかった。フィスの瞳には先ほどと変わらない海が見える。

「ええ。います」

 隠すことは無理だと思った。もし隠したら、もっとレイズを好きになってしまうかもしれない。それだけは避けなければいけない。レイズに真実を告げるのは、自分の心へのブレーキだ。

「そうか」

 彼の瞳にも同じ海が映っている。とても穏やかな、青。ヘヴンリーブルーの瞳を通して見るその青は、きっともっと美しいのだろう。