もう何年も前からフィスはこの姉二人とあまり折り合いが良くなかった。実の姉だとはいえ、二人の考え方に付いていけない部分が多くあったのだ。時には『国王の娘』ということを利用して我侭放題好きなことをやってみたり、立場が悪くなると人のせいにしてみたり。そして今は、あんなにも愛情を注いでくれている父の批判ばかりを口にしている。

「いいじゃない、姉様。言わせておきなさいよ」

 ウィセが意味深な笑みを湛えた。その表情を見てはっとしたセラフィにも笑みが広がる。

「ああ、そうね。私たちは大助かりよね。フィスが自分からディストランドへ行くって言ってるんだもの」

「え…?!」

 思いがけない展開にフィスは言葉を失う。

「何だ。悩むこともなかったじゃない」

「ねぇ、損したわ。ありがとう、フィス。違う国にお嫁に行っても元気で暮らすのよ。たまには手紙くらいよこしなさいよね」

 セラフィとウィセは先ほどまでの悩みが一気に消えたなどと口にしながら、笑顔でその場を去っていく。残されたフィスは一人、国王不在の王の座を見つめていた。


 翌朝。

「おはようございます。フィス様」

 幼い頃からフィスの世話係であるケイトがいつもと変わらずカーテンを開け、部屋の中には一気に明るい光が差し込んだ。彼女は四十代半ばで、もう二十年以上この城に従事しているベテランだ。白髪混じりの髪を一つにキュッとまとめ、少し太り気味の身体を軽く揺らしながら、フィスの横たわっているベッドの隅に腰を下ろす。フィスがゆっくりと身体を起こすと、突然その身体をきつく抱きしめる。

「ケイト? どうしたの?」

 時々鼻をすする音が聞こえる。

 何事かとケイトの身体を離すと、その顔を覗き込む。瞳には幾つもの涙が溢れては流れ落ちていた。

「フィス様のお世話をできるのも、もうあと少しなんですねぇ…。でも私は、フィス様のその決断を誇りに思います。オルドアを愛するお気持ちはきっと国王様譲りなんですね」

 ケイトが発する言葉の意味をいろいろな角度から理解しようとする混乱した頭の中で、一つの答えが浮かび上がってきた。

 あの二人…。

 昨日の『してやったり』という笑顔を見せた姉達の顔が蘇る。きっともう今頃城の中は大騒ぎだ。『フィス様がディストランドへ嫁ぐことが決まった』『自ら希望したらしい』と。そして間違いなくその噂は、国王の耳にも届いているだろう。

 まだ、恋だってしたこともないのに、私は顔すら知らない人と結婚するのだろうか…。

 そんなことを考えた途端、鳥肌が立ち身震いがフィスを襲った。

 取り返しのつかない事態になっていることだけは確かだ。私は、どうすればいい…?