嵐の夜とポート・ウェインでの夜を乗り越え、再び穏やかな日々が戻ってきた。

 自分の心の中に芽生え始めている、微かな想いに気付いたからだろうか。フィスにはレイズのちょっとした言動が気になって仕方なかった。昨日久しぶりに船上で夜を迎えたが、夕食のときのレイズはなんとなくよそよそしくて、溜息ばかりついていた。

 ユナと離れたことが溜息の原因なのかな…。

 思い当たることはそれしかなく、フィスは一人心を痛めていた。しかしその後にふと頭によぎるのは、やはり自分が向かい合わなければならない現実で、『こんなことで落ち込んでいる場合じゃない』と心の中で言い聞かせるのだ。

 ディックバード号に乗り込んだときから、それほどレイズと一緒にいる時間が多い訳ではなかった。

 彼は船長という立場で何かと忙しく動き回っていたし、空いている時間は船員たちに誘われて談笑の輪の中にいたり、ウォレンと共に語り合う。その合間合間に声をかけてくれたり、一緒にいる時間を作ってくれていた。

 今日は全然だわ…。

 朝目が覚めてから朝食をとり、その後キャビンやデッキを行ったり来たりしているものの、視界に入ってくる彼はなんとなく急がしそうで、声をかけてくれる様子も皆無、まさかこちらから声をかけるなどと言うことも無意味に見えた。

 もう時刻は午後三時を過ぎているのに、今日は一言も話していない。

 あー、つまらない。

 時々声をかけてくれるのは、ウェイ・オンを始めとする船員たちで、今のフィスには彼らに一生懸命作り笑顔を向けるのが精一杯だった。

「暗い顔だな」

 驚いて振り向くと、そこにはウォレンの姿があった。

 ポート・ウェインでウォレンに自分の正体を明かさないでいたままのフィスの鼓動が、ほんの少し跳ね上がった。

 なぜウォレンはあんな質問をしたのだろう? まるで何もかもを知っているような顔だった。