「なんだ、話というのは」

 二人が重要な打ち合わせを行うときに使われるキャビンの一室で、レイズは面倒くさそうにソファにどかっと身体を沈めた。ウォレンはその向かい側に腰を下ろした。

「フィスのことなんだが」

 その名を口にすると、レイズの視線が鋭くウォレンに向けられた。

「彼女を早くオルドアに戻した方がいい」

「何か問題でも?」

 ウォレンの焦りとは正反対に、レイズは落ち着き払った様子でタバコに火を付けた。

「大有りだよ」

「そうか。でも俺はディックバード号の歓迎パーティの始まりに、副船長のお前がいないことも大問題だと思うがな。いったいどこで何してる? 誰かと密会か?」

「そんなことはどうでもいい」

 意味深な笑顔を見せながらそう言うレイズに、ウォレンは少し大きな声を出した。

「何をそんなに焦ってるんだ。フィスが何かやらかしたとでも?」

「そうじゃない。昨日のパーティでこんな情報を聞いた。フィスは…」

「フィスは?」

「…オルドア国王の、三女らしい。今回の政略結婚の話を受けたのも、フィスだと」

 とにかく手っ取り早くそれだけを伝えた。

「オルドアはフィスが残した手紙を信じて、今はまだ動いていない。でももうそろそろ動き出す。その前に手を打った方がいい」

 レイズは何も答えなかった。ただ視線を下に落とし、何かを考えている。

「俺が今おまえに言いたいことはそれだけだ。フィスがオルドアの姫だと知らなかったのは俺も同じだし。一応俺の意見を言ったまで。この先の判断は船長に任せるよ」

 その後もレイズは一言も発しなかった。ウォレンはその様子をしばらく見ていたが、やはり無言のままキャビンを後にした。

 吸ってもいないタバコがジリジリと手の中で燃えていく。先端の灰が落ちそうになる瞬間、テーブルの上にある灰皿にそれを押し付けた。

 頭の中がごちゃごちゃして、何から考えていいのかすらわからない。ただなぜだか押し殺そうとしても、込み上げてくる乾いた笑いが虚しさを誘う。笑い声が部屋中を満たしていき、レイズはふいに呟く。

「俺は、何をやってるんだ?」

 頭を抱え、彼は考え込んだ。

「まさか。あいつが…俺の婚約者だって…?」