「出航―!!」

 その声が響き渡ると、ポート・ウェインの地からディックバード号を見つめる人々の残念そうな声が聞こえてくる。それでも立ち止まらずにディックバードは動き出した。

「ああ、このときがいつも一番辛いぜ。待ってろよ、ポート・ウェイン! また半年後には来るからな!!」

 デッキで口々に叫ぶ船員たち。どうやらポート・ウェインに残る住人たちとまったく同じ気持ちを、ディックバードの船員たちも持っているらしい。フィスはその様子を見ながらクスクスと笑った。

「お嬢さん、なにか可笑しいかい?」

「ええ。とても」

「ポート・ウェインに執着しすぎかね、俺らは」

「でも、それが羨ましいわ」

 風に舞う長い髪を片手で押さえ、遠ざかっていくポート・ウェインを眺めながらフィスは呟いた。その言葉の真意が掴めないでいる男は『何?』というジェスチャーを見せた。

「何かや誰かを心から好きって思って、それを素直に言葉に表せるのは素敵よ」

「お嬢さんだって、言葉にしてみればいい」

「そうね…。そうなのかもしれない」

 その横顔はまるで何かを思いつめたような表情をしていた。男はそれ以上何も言わず、ただフィスの肩を軽く叩いてその場を去っていった。

 ゆっくりとポート・ウェインが視界から消えていく。しばらくの時間が経つとそこにはまるで何もなかったかのように。ただ目の前に広がるのは青い海だけになった。