小さな頃の父の口癖を、フィスは今でも覚えていた。


『フィス、私は前から君の姉さんたちにも話していることがある。今日は君にも同じ話をしよう。君は幸福にも私の娘としてこの世に生まれてきてくれた。しかし、それと同時に『国王の娘』という肩書きも一緒に背負ってしまった。それは拭うことはできない事実だ。でも私は、君を『国王の娘』としてではなく、できるだけ普通の少女と同じように育てたいと思っている。もちろん私も国王としてではなく、『父』としてだよ。でも周りはなかなかそれを理解しようとはしてくれない。そう…これから生きていく上で、楽しいことも辛いこともあるだろう。例えば身分の違う相手との恋で、悩むこともあるだろう。でも決して悲観的になってはいけない。何でも私に相談するんだよ、フィス。もし君が恋した相手がとても身分の違う青年だったとしても、それでも隠したりせず、悲観的にならず。私はオルドアの民衆を愛している。君が選んだその相手は例え身分が違っても、オルドアが…私が愛し、誇りに思っているこの国が必要として生まれてきた人なのだから。それは私も、君も、君が恋するかもしれない青年も、皆平等で変わらないのだから。そして、君の運命が『国王の娘』として翻弄されないように、私は生涯この国を守っていくことを約束するよ』


「とにかく、私は絶対に嫌だからね!」

「あら、私だって嫌よ。そんな顔も知らないような人と突然結婚の儀を、なんて言われたって困るわ」

 父の言葉を思い出していたフィスの耳にそんな風に言い争う声が聞こえてくる。それは姉のセラフィとウィセのものだった。

「大体お父様も勝手過ぎるわよ。どうして私たちが犠牲にならなくちゃいけないの? 冗談じゃないわ」

「そうよ。昔から言ってたあの言葉はどこに行っちゃったのよ。身分の違う男と恋に落ちても頭ごなしに反対することはしないって、反対するも何もそうなる前にこんな話になっちゃたら意味ないじゃない。嘘もいいとこだわ」

 とどまる事を知らない姉達の言葉にフィスは一人心を痛めていた。

「お父様って本当に嘘つき。信じられないわ」

「だけど…」

「何よ、フィス?」

「だけど…お父様は嘘をついたんじゃないと思う」

「あら、そう? 大嘘つきだと思うけど?」

「嘘じゃないわ。お父様だって本当はこんな決断をしたくなかったと思うもの。でも…それでもどうしようもない事態にオルドアが追い込まれてしまっただけでしょう?」

 姉達の迫力に押されそうになりながらも、フィスは必死で父の心の痛みを伝えようと言葉を紡いだ。

「あんたって、どうしていつもそうやっていい子ぶるのよ」

「別に、いい子ぶってる訳じゃ…」

「いつもそうよ。そうやってみんなに気に入られようとして、そういう所が頭に来るのよ」