傷の手当てが終わった後、レイズは肩に入っていた力を抜くと同時に言った。

「お前、本当に傷の手当ての仕方も知らないのか?」

「え?」

「これじゃウォレンが怒るのも無理はない。他の船員たちも良く耐えたものだ」

 それって…私の手当てがあまりにもひどいってことよね…?

 すでに何人もの手当てをし終わっているのに、一番最後のレイズにまでそんなことを言われてしまった。ウォレンが怒ったのは、ただ単に消毒が染みただけだと思っていたのだ。でもそれはやはり間違いで、手当ての仕方に問題があったらしい。

「だって…手当てなんかしたことなかったもの」

 フィスがぽつりと呟く。

 思い起こせば手当てをしてもらった記憶すらない。国王の娘が怪我をするなどもってのほかだったのだろう。いつも誰かがそばにいて、少しでも無理をしようとすれば『そこは危険だから行ってはいけません』とか、『無茶は厳禁です』とか、そうやって周りが細心の注意を払ってくれていた。

 怪我でもして誰かに手当てしてもらったことの記憶があれば、それでも少しはましだったかもしれないのに…。

 常識を知らない自分の不甲斐なさを実感しながらレイズに視線を戻すと、彼の視線もまたフィスの瞳を捉えていた。

 綺麗な、ヘヴンリーブルー…。今までこんなに透き通った瞳を見たことはないような気がする。

「ディックバード(ここ)に自分の居場所を見つけたのか?」

 突然の問いかけにフィスは首をかしげた。

「居場所?」

 しかししばらく考えた後、そう言われればそうなのかもしれないと感じた。自分が国王の娘だと知られていない分、みんな今まで周りにいた人間とは違う接し方をしてくれる。同等に接してくれる。

 オルドアでは『国王の娘』だから居場所があった? その肩書きを失ったら何が残った? 特別だから…? 今の私は決して特別なんかじゃないのに、みんなが存在を認めてくれる。それが居場所だというのなら。

「そうかもしれない」とフィスは答えた。その答えにレイズは二、三度軽く頷いてから続ける。

「でも、今までだって自分の居場所くらいあっただろう?」

 再びフィスは口を噤む。

「今まで何を見てきた? 何を、残してきた? そこには俺の知らない新しい世界があるだろう?」

「少し捻くれた姉が二人もいるわ」

 出てきた言葉はそれだった。

「私には見当もつかないような思考回路を持った姉よ。母は私を産んですぐに亡くなったわ。何も覚えていないの。父は私を愛してくれる唯一の人」

「その親父さんは、今お前が姿を消してどんな気持ちでいるんだろうな」

 そう言いながら天を仰ぐ男の横顔を見て、なぜか強い孤独感に襲われる。