「俺はいい。やるなら先にあいつらの手当てをしてやれよ」というレイズの言葉に、フィスはデッキで怪我をした船員たちの手当てを始めていた。

「お嬢さん、もうちょっと優しくやってもらえないかい?」

 レイズと同じように手のひらに傷を負った男が呟いた。

「え?」

 視線を上げると、そこには必死に苦痛に耐えている男の顔があった。ふいに消毒のビンを傾けていた手を緩める。

 人の怪我の手当てなど、実は今までに一度も行ったことがないのだ。とりあえず消毒して汚れをふき取り、ガーゼとその上に包帯でも巻いておけばいいだろうというのは少し間違いだったらしい。

「ごめんなさい…」

 なんて無力なんだろう、という虚しさがフィスを包み込んだとき、男は慌てた声で再び言葉を発した。

「いや…、お嬢さん。そんなに落ち込まなくても…」

「でも、ごめんなさい」

「そうだ、ほら! 俺はいつも傷の手当てなんてしてもらったことないから、だから消毒が染みるんだよ。手当ての仕方の問題じゃない。俺の身体がいけないんだ。うん。…多分」

「本当?」

「本当さ」

 男は白い歯を見せてニッと笑う。その笑顔にフィスも安心した笑みを浮かべた。

「じゃ、もう少し我慢してね」

「あ? ああ…もちろん!」

 再び消毒のビンを傾けるとガーゼで汚れをふき取る。その動作のたび男は顔を歪めるが、フィスはそのことにまったく気付いていないようだった。すでに手当ての終わった者はニヤニヤと遠くからその光景を眺め、これからの者は不安げな表情を浮かべている。それすら気付いていないのは、やはりフィスだけだった。