バチバチと殴りつけるような音でフィスは目を覚ました。音は窓から聞こえてくる。もうどのくらい眠っていたのだろう。いつもならすでに夕食も済んで、船を管理する当番以外は自由な時間を思い思いに過ごしている頃だ。再びバチバチという音がキャビンに響く。フィスはハッとしてベッドから降りると窓の外を覗いた。

 すごい波…!!

 波はまるでディックバード号を飲み込もうとしているかのように高く、先ほどから聞こえていた音は雨が船体に叩き付けられる音だったのだ。

 そのあまりのスケールの大きさにフィスは身震いした。

 このまま波に飲み込まれてしまったら…どうしよう。

 フィスは導かれるようにデッキに向かい走り出した。キャビンのある船内には誰もいない。みんなこの嵐と戦っているのだろうか、そう思うとフィスは自分の鼓動が高鳴るのを感じていた。

 ようやくデッキに続くホールに辿り着いたところで、目を疑うような光景が広がった。窓からはデッキでずぶ濡れになりながら必死にロープを引っ張る船員や水夫たちが見える。

 いつから、こんな…?!

 みんなの表情は疲労と苦痛に満ちているように見えた。

 デッキへ出る扉を開けようとするが、風のせいで思うように開かない。ようやく開けたその扉からは信じられないくらいの突風と雨が入り込み、フィスの身体を包んだ。

 遠くからレイズの声が聞こえる。

「ロープを放すな! 絶対に放すな!!」

 まだほんの少しの時間だが、出会ってから今日までこんな風にレイズが声を荒げたことはなかった。事の深刻さにフィスはようやく気付く。

「ジョン・マーク、ロープに掴まれ! 手を放すな!! 波に持っていかれるぞ。死にたいのか?!」

 それは船員たちを励ますように。

「もう少しの辛抱だ! 頑張れ!! 手を放すんじゃない!」

 ロープから手を放したら死ぬかもしれないと言いながら、自分はロープを掴まずに一人一人の肩を叩きながらみんなを励まして回るのね、レイズ。

 その姿を目で追いながら、フィスは不安げな表情を浮かべた。

 レイズは辛そうな船員を見つけては守るように後ろから抱きかかえ、マストを支えるロープを引っ張る。その船員に嵐の中、束の間の休息を与えているのだ。

 ロープから手を放している間に、あなたが波にさらわれてしまったらどうするの…?

 フィスの瞳からは知らないうちに涙が溢れていた。その涙は雨に流されていく。