その日の夕方。

「メインセイルの綱はしっかり締めたのか?」

 レイズの言葉に通りがかった船員が答える。

「完了しています!」

 ぽつぽつと大粒の雨がデッキを濡らし始めた。どうやら昼間の予想は大当たりのようだった。

「荷物は?」

「今水夫たちがストアに収納しています」

「早めに終わらせろ。すぐに波が高くなる」

「了解しました!」

 レイズは的確に指示を出していく。船員は水夫たちに指示を伝えるため、雨の中を走ってその場を去った。その他にも船員や水夫たちは所狭しと動き回っている。

「ストアって何?」

「倉庫のことだ。デッキにあるものを一時的に避難させる」

「そんなにすごい嵐が来るかしら」

 呑気なことを言っているフィスを見て、レイズはため息混じりに口を開く。

「嵐を経験したことは?」

「ないわ」

「だったら海を甘く見るな。痛い目にあうぞ」

 いつになく真剣な瞳のレイズに一瞬押されたが、フィスは何も答えずにキャビンへと戻った。レイズはその後姿を数秒見つめたあと、気付いたように自らも雨の降りしきるデッキへ足を進めた。



 キャビンの窓から見えるのは、だんだんと訪れる夜の姿だけだった。

 こんな風に天気が荒れたら、船が多少揺れたりすることぐらい私だってわかってるわよ。デッキにある荷物を避難させるくらいのことで大事だと思わせるのはやめてほしいわ。

 フィスはそんなことを考えながらベッドに横になった。この天候のせいだろう。いつもより少しだけ大きな揺れに身体を任せていると、ゆっくりとした睡魔が襲ってくる。

 少しだけ、眠ろう…。