フィスがディックバード号に乗り込んでから一週間が経とうとしていた。その間船はどこに向かって進んでいるのか、いつになったら陸に下りることができるのか、まったくわからないままだ。

 フィスはいつものようにデッキでどこまでも果てなく続く海を見つめていた。今が現実なのかどうかさえ、時々わからなくなってしまいそうだった。

 早ければ五日でどこかに着くと言っていたのに。お父様は突然姿を消した娘を思い、心を痛めているのかしら…。

 すぐ近くにあるマストの上では、五十代をとうに過ぎているだろう男が望遠鏡を覗き込んでいた。


「船長、今日もいい一日ですね。釣りをしたら大漁でしたよ」

「では今日の夕食は期待できるな」

「任せてください。おいしい料理ができるようコックに喝を入れてやりますよ」

「ああ、よろしく頼む」

 足音と共にそんな会話が背後で交わされる。振り向くと、そこにはレイズの姿があった。船員と話す彼は本当に楽しそうで、彼自身がこの船の船員達を大切にしていることがよくわかる。ディックバード号(ここ)には一人一人を信頼すること、そして信じること。そういうポジティブな気持ちが満ち溢れている。

「嵐が来ますな」

 頭上から静かだが、はっきりとした声が聞こえてきた。見上げるとそこには望遠鏡を覗き込んだままの男がいる。

「こんなにいい天気なのに?」

 自分に話しかけたわけではないのだろうが、フィスは男の言葉に答えた。

「これは嵐の前の静けさともいう」

 見渡す限り空は青く、雲は輝くほどに白い。どこから嵐が訪れるのかさえ予測できそうもないのだが。

「船長、大きいのが来ますよ。どうか覚悟を」

 レイズが近くにいることを先ほどの声で気付いていたのか、男は視線を動かさないままそう言った。フィスの隣に立ったレイズは一度だけ大きく頷く。

「そうか。では嵐を迎える準備を始めよう」

「レイズ?」

 この空のどこに嵐の気配を感じるの?

フィスは困惑した表情でレイズを見た。

「あの目は、神よりも正しい」

 フィスの心を読んだかのようにレイズはそう答えた。

「数え切れない修羅場を乗り越えてきた海の男だ。おまえには到底わかるまい」

 レイズは男の言葉をすっかり信用しているようだった。

 別に、いいけど。

 来るにしても来ないにしても備えあれば憂いなし、なんだし。