「薬を」

「え?」

「レイズに頼まれた薬を持ってきた。船酔いを起こしているとかいないとか?」

「あ…ああ、ありがとう」

 差し出された小ビンを受け取る。レイズと背格好は似ているが、髪の色と瞳の色は黒に近いブラウンだ。

「この薬は、このビン一本を全部飲んでいいのかしら?」

「どうぞご自由に」

「飲んだらすぐに楽になるかしら?」

「体質によるだろう。そこまで管理できない」

 淡々とした受け答えにフィスは苛立っていた。

「じゃあ、勝手に飲んで勝手にキャビンに戻って具合が良くなるまで勝手に寝てろってことなのね?!」

「まあ、そういうことだな」

 またしてもフィスの抵抗に全く動じない男が涼しい顔をして目の前に立っている。

「なんなのよ、この船の船員達は! 愛想がいいのはさっきのアジア人だけ?!」

「愛想笑いが嫌いなだけだ。それにしても、何から何まで人にやってもらったり言われたりしないとできないのか? 随分と甘やかされて育ってきたんだな。そんなんじゃこの船の上では生活できない」

 ウォレンは笑顔すら一度も見せることなく背を向ける。フィスはその言葉にショックを受けていた。

 自由に―――。自由に。

 そう育てられてきた毎日。皆と同様に『国王の娘』としてではなく。それでもやっぱり私は『国王の娘』だったのだ。思えば身の回りの世話はほとんどケイトがやってくれていた。それを当たり前の事だと思っていたのだ。この船にケイトはいない。そして私をオルドアの姫だと知る人間もいないのだ。

 レイズが言った『新しい世界』とは『本当の自由』ということかもしれない。

 ウォレンの姿がどんどん遠ざかっていく。

「ウォレン!」

 思わずその名を呼んだ。彼は少し驚いた顔で振り向く。

「なぜ俺の名を?」

「さっきのアジア人に聞いたわ」

 軽く頷いたウォレンはその先の言葉を促した。

「レイズに…ありがとうと伝えて」

 手の中にある小ビンを見せ、フィスは小さな声で言う。その姿を見てウォレンの顔から少しの笑みが零れた。