「ほら、見て! 綺麗な朝焼け!!」

 ほらほら、と急かしながらフィスは明らかに機嫌の思わしくない一人の男の袖を強引に引っ張っていた。

 男の名はレイズと言う。その瞳は生まれ持つ意志の強さを象徴しているかのようにも見え、すらりとした身体は優にフィスの身長を超えていた。甲板の端まで来た所でようやく足が止まる。頭一個分上にあるレイズの顔を覗き込んだフィスはもう一度言った。

「見て。綺麗な朝焼け」

 目の前に広がる、地平線を照らすように顔を出し始めた太陽に息を飲む。しかしその光に透けるような金色の髪を緩やかな風になびかせながらレイズは言う。

「朝焼けなんか、いつでも見せてやる。今日はもう、いいだろ?」

「もう! どうしてそうなのよ!! どうしてもっとこう、優しくできないの?!」

 身体中から面倒くさいオーラを発しているレイズに向かってフィスは頬を膨らませた。

 この朝焼けの美しさを私に教えたのは、レイズ、あなたでしょう?!

「レイズ、おはよう! 今日もいい朝だね」

「ああ、おはよう」

 甲板を通りがかった船員が挨拶すると、彼は片手を上げてそれに答えた。

 フィスの憤りを知ってか知らずか、レイズは眠そうな目を擦りながらようやくその大きな瞳を見開いた。ふとその瞳に真剣さが交わり、眉間に軽い皺が刻まれた。

「レイズ?」

「あれを見ろ。もう、そろそろだ」

 指差したその先。目に映ったのは光に照らされた、そこからはまだ薄青い影のようにしか見えない頂の姿だった。

「あれが、何か?」

「さっき言った言葉を訂正する」

 その言葉の意味が解らず困惑するフィスの顔を真正面から見据え、彼は言う。

「お前はあと一週間でこの船を下りる」

「…え?」

 突然の宣告にフィスは自分の耳を疑う。いつもの冗談かとも思ったが、レイズの真剣な表情は一向に変わる気配を見せなかった。フィスはもう一度遠くに見えるその頂を見つめた。

「あの頂が見えたら、お前の国までもうすぐだ」

「レイズ…?」

 縋るような瞳で自分を見上げるフィスを突き放すようにレイズは続ける。

「そこで、サヨナラだ」

 それだけを言うと、彼はキャビンへ向かってゆっくりと歩いて行ってしまった。フィスは遠くに見えるその頂を見つめ、彼の言葉を頭の中で繰り返した。

 あと一週間…。