船が着くと俺は夜中に逃げ出した。

といっても、右も左もわからない異国の地。
どうして生きていこうか。


とても大きな街だった。
俺がかつて経験したことの無い。

それにしてもここの連中。
だれしもが鋭い眼光で、つねにカモを狙っている。
あるいはつけねらってくる連中から身を守るために
つねに警戒心をむき出しにして生活している。

山は、別天地だった。
遠く離れてみて、はじめてわかった。
でももう、もどることはない。
自分がいかに恵まれたところにくらしていたか、
いかにまともな人々とすごしていたか、
激しく実感した。


広場に、見世物小屋がかかっていた。
不具者を集めて芸をやらせる類のものらしい。

テントのそばでしばし様子を見る。

看板には魑魅魍魎や、妖怪、怪物、変怪の絵が
おどろおどろしく描かれている。

人々は好奇心に満ちた顔で小屋に入っていき、
いささか興奮気味で小屋から出てきた。
その表情は下卑ていた。

これなら、と俺は思う。

ガレー船の中で散々連中をおどかしてきたまやかしが
充分通用するのではないか。

俺は人に幻覚を見せることができる。



見世物が終わったころにテントを訪ねた。

「今日の興行はおわりだよ。」

不具のピエロが言った。

「俺を雇ってくれ。」

ピエロは心底軽蔑したまなざしで、
俺の頭の先からつま先までながめまわした。

「見たところ、何もかわったところはないな。
おまえになにができるっていうんだ?」

「団長を呼んでくれ」

「おいおい、五体満足な東洋人がこの小屋に何の用だよ」

シャム双生児や顔を失った復員兵や、さまざまの片輪者が
ぞろぞろ集まってきた。
異様な光景だった。

「よし、おまえら、好きなものを言ってみろ。
なんでも目の前に呼び出してみせよう。」

「こいつ気違いか?そんなことできっこねえや。」

「じゃあ、ここに、絶世の美女を呼んでもらおうか?」

「あの世を見せてみろ」

「神の声をきかせろ」

「食い物だ!黒蜥蜴の姿焼きを食わせろ」

「黄金をだせ」

俺は、大げさに、昔山で聞いた、陰陽師の印を結んでみせた。
これみよがしに、でたらめの経文を抑揚をつけて唱えて聞かせた。