翔さんのドイツ赴任が正式に決定しても、それに伴う手続きがはじまっても、私は職場に「辞めます」とは言いだせないままでいた。

引っ越しの荷物も……

ひとまず彼のものだけを送る準備を進めていた。

「本当にそれでいいんですか? 絶対に一緒に行った方がいいと思うけど」

サトシ経由で何度もカナさんがそう助言してきたことが、少し奇妙に思えた。

どうして彼女は、私が一緒にドイツに行くことをそんなに熱心に勧めるのだろう。


「ねぇ、書斎の片づけは、自分でしていってね?」

赴任時期が近づくにつれ翔さんの仕事は忙しさを増してゆき、渡独準備もままならないようだった。

「衣類とかは私が用意してあげられるけど、書類は分からないから。書斎の片づけだけは自分でやってもらわないと……」

机の上や本棚に積み上げられた書類。

それをそのまま放置して行かれたら困るのだけど……と何度言っても、彼は「分かってるよ」と生返事を繰り返すばかりだった。

とはいえ、毎晩終電もなくなった時刻にタクシーで帰宅する彼を見ていると、片づけを強要するのも気の毒に思えてきて。

最終的には彼の出発後に私が片づけることになるのだろうなと、ため息をつきつつも許容している私がいた。