「瀬をはやみ、岩にせかるる、滝川の……」
 今度は誰もまだ札を見つけられず、全員キョロキョロするばかり。変だな、と環は思った。百枚中五十枚だけを使うから「カラ札」と言って、下の句の札がその場にない場合もあるが、十三組全部がそういう組み合わせになっている事は確率的に滅多にないはずなのだ。
 念のため一番近い二組の札を環がのぞいて見ると、ちゃんとそこには下の句の札があるのだが、四人とも全然見つけられないでいる。本来競技カルタで読み手が勝負がつかないまま下の句に入ることはないのだが、古典の教師は気を利かせてそのまま下の句を読み上げた。
「われても末に、あはむとぞ思う~」
 そこまで来てやっと何人かが「あ!あった」と言ってのろのろと札を拾った。さっきとずいぶん雰囲気が違うな、と環は思った。次の句。
「わが庵(いお)は、都のたつ……」
 今度はまた目にもとまらぬ猛スピードでほぼ全員の手が飛び出し、畳をたたく音が体育館中にこだました。またも迫力に押された感じで、読み手が続ける。
「都のたつみ、しかぞ住む、世をうぢ山と、人はいうなり~」
 今回はほぼ全部の組の一人が札を取ったようだった。また次の句。
「花の色は、うつりにけりな……」
 ああ、これは楽勝だろう、と環は思った。色気づいたこの女子連中には、恋の歌なら一発のはずだ。あの有名な小野小町の歌だし。しかし、生徒全員がさっきのようにいつまでも札を見つけられず、右往左往。一体どうなってんの?
「いたづらに、わが身世にふる、ながめせし間に~」
 今回も読み手に最後の一文字まで言わせてしまってから、やっと三々五々札を拾えるという有様。なんで、歌によってこうも反応に差があるのだろう、と環は不思議に思った。さて、また次の句。
「玉……」
 次の瞬間、ほぼ全組の手が稲妻のごとき速さで閃いた。
「玉の緒よ、絶えなば絶えね、ながらえば、忍ぶることの、弱りもぞする~」
 全ての組で勝負がついて、古典の教師が環に感想を尋ねてきた。環は数秒考えて答えた。
「何というか、歌を意味ではなく、音として捉えている傾向がありますね」
「まあ!さすがは語学の先生。おっしゃることが違いますわね」
「はあ、と言うよりも……」
 ここで環は生徒たちの方に向き直って言った。
「あのね!『たつ』だの『たま』だのって音節にばかり、異常に早く反応し過ぎです!歌の意味も含めて、他の句もちゃんと覚えなさい!」